七割打者のティーバッティング

文化系クズでホワイト職場のサラリーマンが直感のみで書く雑記。よくて精度70%。仕事風景、恋愛、都市、その他考察など

「すべらない話」をブログに置き換えてみて、芸としての文章を書きたいと思った

「人志松本のすべらない話」というテレビ番組の存在は、多くの人が知っていると思う。落語とはまた別の、立派な現代の話芸であると僕は思っており、テレビではなくYouTubeで、小籔千豊の出ている回を中心に視聴している。
小籔は面白すぎる。繰り返しを多用し、よく考えたら話が長い気がするのだが、聴いている間は長さを感じさせない。

お役立ち情報を発信できない日陰ブロガーとして、僕は、話し言葉と書き言葉の違いはあるにせよ、話芸というものに特別な関心を寄せている。
すべらない話のネタは、概ね3分から5分の長さだ。これがどれぐらいの分量なのか考えてみる。一般的に、アナウンサーは1分間に350字程度の速度で話すと言われている。NHKではかつて300字と厳格に決められていたらしい。芸人はアナウンサーより早口のため、1分間に400字としよう。落語の1分程度のマクラも、文字数にすれば400字ぐらいなので、話芸のペースとしてそう外れてはいないだろう。
ということは、すべらない話のネタひとつは1200字から2000字程度となる。まさにこのブログの記事一本当たりの文字数だ。ちなみに、この記事は現在500字を超えたところである。

さて、自分のブログ記事と芸人のすべらない話は同程度の長さであるということを考えると、自分の書く記事はプロの話芸と比べて起伏が少ないと思わされる。別にフリがあってオチをつける構成ではないため、同じようになるものではないのだが、何か素人臭い平板な印象を自分の文章から受ける。

話芸はリアルタイムで聴いている人がいるので、話し手が質問をすることがある。「どう思います?むっちゃ腹立ちますやん」などがそうだ。僕は、このテクニックがリズムに変化をつけ、全体の流れの中で起伏を生んでいると考える。
例えばこの記事でいえば、「小籔千豊っていますよね?」というように使えばいいのかも知れない。なるほど、その視点で世間のお役立ちブログを読んでいると、そのような文章が散見される。ブログの世界でも、読者を引き込む方法として「問いかけ」は一般的な技術なのだと思う。

僕も、広告をクリックさせるためのテンプレ化したブログ技術とは違う意味で、文章芸のスキルとして問いかけを使ってみたい。しかし、このブログで自然にとなると容易ではない。文体がですます調でないからだ。
「小籔千豊を知っているか?僕は彼の出ている回を中心に視聴している。」と書くと、ごく近い人に宛てているようになってしまう。ドラクエで新しい町に行ったとき、偉そうな言葉遣いで急に有力情報を言ってくる兵士姿の男のようでもある。
また、「問いかけ」が読者を引き込むための技法であるならば、記事の序盤から中盤までで使うのがよさそうだ。そう考えながらも、僕はいま使ってみたくなっているので、すでに後半に入ったこの記事だが、ここで問いかけてみる。

ブログの文章は、わかりやすいことが何より重要視されているが、全体的にわかりやすすぎないだろうか?
以前に書いたが、戦略的にブログを作成する能力という意味で、僕は最近のブロガーはとても賢いと思っている。しかし、同じ層でも、文章力・表現力という観点からみると、書くにせよ読むにせよ何の負荷もかけていない人が多すぎると思う。
負荷がないことが戦略の一部である人達に向かって、僕はわざわざ指摘にもならないことを言っているわけだが、国語力は退化させるべきではないと考えているからこそである。

すでに1000字をだいぶ超えた。すべらない話なら、もうオチに持っていくところだ。
この記事は大した起伏がなかった。僕は書きながら次の段落を考えていくが、残り短いこの先にだって、オチも何も用意していない。また、構成だけでなく、言葉のひとつひとつによって生まれるリズムやゆらぎのようなものも感じられない。要は、文章に深みがない。
それに対して、この分量でひとつの世界をつくってみせるのは、さすがプロとしか言いようがない。いずれ、僕もそういう文章を書きたい。


プライバシーポリシー