七割打者のティーバッティング

文化系クズでホワイト職場のサラリーマンが直感のみで書く雑記。よくて精度70%。仕事風景、恋愛、都市、その他考察など

通勤途中「うだつが上がらない」生き方の有効性について検討した

ある朝の通勤風景。
その日は、夜6時以降雨が降るという予報だったので、僕は傘を持って家を出た。自宅から職場は2km弱なので、いつも徒歩で通勤している。

職場は、某県の県庁所在地中心部にある。職場に近づくにつれ、歩道は大勢の勤め人や学生で溢れかえる。
僕はそこでふと気づいた。誰も傘を持っていない。どういうことだ。僕の見た予報は古い情報だったのか。皆は僕の知らない何かを知っている。

38歳にもなって、孤独感と1人だけ傘を握っている恥ずかしさを感じながら、職場へと到る最後の交差点に来た。いる。横断歩道の向こうに、傘を持っているサラリーマンが2人いた。その交差点で数十人は信号待ちをしていたが、そのうち傘を持っているのは僕を入れて3人である。状況はほとんど変わらないが、この邂逅に僕は大いに安堵し、また励まされた。

道路上でこのような圧倒的マイノリティに属すると知ってか知らずか、ただ自分の内なる声に従い、傘を握りしめ我が道をここまで歩んできた猛者は、どういう背景をもつ者達であるか。僕は興味を持ったので2人をまじまじと見てみた。


話は変わるが、サラリーマン社会における「できる/できない」の判定は、実際の仕事を見なくてもそれなりに可能である。一般的な採用選考も、だいたいは応募者の仕事ぶりを見ずに行われている。
「できない」は概ね、身だしなみ、歩き姿、話し方に特徴がある。共通点を表すのにちょうどいい言葉は「しまらない」だろうか。こう分類されたからといって、必ずしも能力が劣るわけではないのだが、高い確率で要領が悪いのは事実だ。サラリーマン組織では、要領のよさと評価の高さはある程度比例する。上の方まで行くと、小器用なだけのタイプは通じなくなるが。

さて、僕がまじまじと見た猛者2人は、どうみても「できない」タイプだった。服装といい、立っている姿勢といい、表情といい、すべてがしまらない。話してみても、おそらく感想は変わらないだろう。いわゆる、うだつが上がらないサラリーマンである。
僕は、自分を含めできないリーマン3人だけがこの交差点で傘を持っているわけか、と1人ニヤリとしながら彼らとすれ違った。

そして一瞬の間に彼らの日々を勝手に想像し、勝手に思った。彼らは組織からの評価など求めていない。大きな仕事がしたいとも思っていない。責任ある立場につかず、つこうとせず、誰かから相談を受けて判断することもない。ただ自分の処理が終わっていればいい。最低限クビにならず、あと数年逃げ切れればいい。

どちらかと言うと僕は仕事に積極的なほうではあるものの、組織内の優秀層がもつ真面目さや愚直さが欠けており、安易に突っ込んでいってミスをしたりコンプライアンス上の危険を招くタイプだ。
火傷する危険がつきまとう自分からしたら、彼らのスタンスはよほど理にかなっており、そのまま逃げ切れれば勝ちだ。

彼ら彼らと言っても、実際にそういう人達かどうかは全く知らないのだが、ここまで書いてしまった。
なお、夜帰るときにはちゃんと雨が降っており、僕達は情報に疎いわけではなかった。おそらく、要領が悪くて置き傘がなかった3人だろう。チャンチャン


プライバシーポリシー