七割打者のティーバッティング

文化系クズでホワイト職場のサラリーマンが直感のみで書く雑記。よくて精度70%。仕事風景、恋愛、都市、その他考察など

ブログ初心者定点観測② 世のブロガーが賢すぎに思える

このブログで人生初の記事を書いてから2週間、なんとか10本目の記事を書き終えた。最初の区切りで立ち止まり、振り返ってみるが、とにかく、当初の予想に反して書くネタが湧いて来なかったという感想しかない。

たった10本で見切りをつけるが、僕の方向性としては、お役立ちブログ向きではないと思った。何かの情報をリサーチしてまとめるような記事の作り方ができそうにないし、それを届けたい相手もいない。
世間のお役立ちブログは、皆とても緻密に記事を作っていて、書き手の誰も彼も、ものすごく賢く見える。僕とは投入するエネルギーがまったく違う。僕はプライベートでの調べもので、これらお役立ち記事にかなりお世話になっているのだが、たくさん読んでも自分で同じようなものを作るのは無理だ。
自分自身では、一応、仕事で資料や稟議書を作る際にはいつも根拠をしっかり押さえた書き方をしていると思うし、部下の作る文書に対してもそう指導する。しかし、仕事みたいな作業をプライベートでやる元気がない。
そこには、自分のブログや記事を強くするというゲーム的な楽しさがあるのかなと想像するのだが、僕はとにかく楽したい。文章を書くことが仕事になれば最高だが、書く場としてブログを選んだのは楽して稼げると思ったからで、文章周辺の努力をしたいはずがなく、また、できるはずもない。そういうわけで最初から逃げた。
(脱線するが、仕事のようにきっちり調べて書いてくれている情報であっても、業務上、個人ブログを参照元にするとたぶん怒られる。失礼な話だ。)

現時点では、自分の性に合うのは形式のない雑記ということになる。アダルトを除けば。何かに関して思ったことを自由に述べるか、日々のエピソードを基に語るかになる。

僕は、文章でお金を稼ぐ(金額は決めていないが)、そのことは決心している。しかし、巷でも言われているみたいだが、雑記ブログで早期に稼ぐのは難しそうだ。そうかと言って、自分に合っていないやり方で副業しても継続しない。いずれ苦痛しか感じなくなることは目に見えている。
当面は、記事の収益化より、書きながら自分の文章力を磨くことを努力のポイントにするしかない。

雑記タイプなら、文章力だけでなく、題材を拾う視点もトレーニングが必要だ。
日々が平和過ぎるからか、僕が人に言えないことばかりしているからかは別にして、書きたいことが湧いてこない。数日間隔で、ふとネタが思い浮かんだ時に同時進行で書いているが、高頻度で書くためには、日常の何でもないことが面白い題材になるような光の当てかたが必要だ。自分が今まで女性としたことがある変態プレイをテーマにすれば、少なくとも50本は数日で書けそうではあるが、しばらくは表の世界でやってみたい。

文体は、最初の数本をですます調で書いたが、思い起こせば僕は昔からですますの経験がなく、扱いきれない気がしたので、である調に書き直した。読点の位置、漢字の配分などは書くたびに違っており、まだまだ安定しない。
言葉の選択もあいかわらず雑で、あまり吟味せず置いている。構成は完全に出たとこ勝負で、書き出しからの流れにまかせている。そもそも構成って何だ。どうやったら学べるのだろう。

書くスピードは、最初1500字あるかないかの記事に何時間もかかっていた。5本目ぐらいから少し速くなり、8本目あたりから1時間ペースだと思う。もう少し速く書けるようになって、かつネタをスピーディーに出せるようになれば、僕でも毎日書けそうだ。しかし、それが難しい。次の目標に設定した30本のラインが途方もなく向こうに感じられる。

こう振り返りながら、司馬遼太郎が30代の頃のエッセイを読むと、絶望的な気持ちになった。うますぎる。落ち込むので、思わず読むのを止めてしまった。司馬遼太郎に限らず、小説家のエッセイはやはり引き込まれる。団鬼六の「ただ遊べ 帰らぬ道は誰も同じ」も、タイトルからして好きだ。


わが拙文との、この差は何だろう。手元のエッセイをしばらく音読してみよう。


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