七割打者のティーバッティング

文化系クズでホワイト職場のサラリーマンが直感のみで書く雑記。よくて精度70%。仕事風景、恋愛、都市、その他考察など

「好きを仕事に」と発信する人達のやることはなぜ似通う

プロブロガー界隈、この「界隈」という響きに少なからず揶揄するニュアンスが感じられなくもないが、どこかで見つけてしっくり来た言葉だったので使わせてもらっている。
彼らの共通点は、何といってもブログで稼いでいるところだが、「好きなことをして生きよう」とか、「(社畜に対比させる形での)自由」を掲げている点でも共通している。
しかし、僕個人にとっての最大の共通点は、彼らに色気やクールさをまったく感じない点である。

この人達、ブログを書く、有料記事を書く、twitterで発信する、何かのイベントに登壇する、仲間を集めてオンラインサロンを作る、会員を増やす…と、やっていることがなぜか同じだ。多少強引ではあるが、好きなことをして生きている人達なのだから、たまたま好きなことが完全に一緒なのだと整理するしかないのだろう。
しかし、これらの活動を本当に好きなのか。この点には疑問がある。理由はただ単に、僕がそういうことを好いていないからである。本当にそれがやりたかったのか。ブログを書くうちに、収入源の多角化が必要になったのなら夢も自由も何もない。時間を差し出して給料をもらうのと変わらない。会社に行っていないだけで、会社勤めと同じ次元で横にスライドしているだけだ。僕が彼らなら、文章を書く以外の活動は何もやりたくないので、この点がわからない。

また、彼らは「自由」をスローガンに掲げているが、同じような人達で集まり、またそうなりたい初心者を集め、閉じた世界で集団を形成している。そして、積極的にそれを発信している。そのこと自体は別にいいが、フリーなのか、それ?なぜ会社勤めに否定的なのかがわからない。組織じゃんという指摘にはどういう理論が用意されているのだろうか。いずれにしても、これも単なる横スライドで、物理的に身の置き場が違うだけである。次元は超えていない。

まだわからないことはある。これは「文章を書くのが好き」と言っている人についてだが、元を辿ればブログ発の収入であっても、もはや文章で食っているとは言えないほど多角化しているのは、自分を騙していないのだろうか。「ネットで稼ぐ」「初心者相手に稼ぐ」がやりたいことだったのならいいのだが。

これは誰についても言えるが、僕は仕事ぶりというものはその人の心根を映し出すと考えている。プロブロガー、インフルエンサー界隈であれば、その文章やツイートが仕事の成果物であり、どんな姿勢で仕事に取り組んだかを映し出している。

彼らは言葉を操ることが特別にうまいわけではない。特別に見識がすぐれているわけでもない。そうかと言って、素人の日記のように書き散らかしているわけでなく、きっちりコントロールしている。
一言で言えば、ブログがうまい。ブログ上における、読まれるための情報の配置がうまい。書きたいのではなく、記事にアクセスしてもらいたいのだ。
正直言って、読んでためになるとか、面白いブログは、むしろ、まだ社畜を脱する前の人だったり、脱するつもりがない人が書いたものが多い。発信する内容の質でお金を稼げている。
「界隈」の心根に何が透けて見えるかはわざわざ言わないが、個人的には、そんな事情で憧れの気持ちが起こらないわけである。

好きなことをして食べている人は実社会に大勢いる。僕は仕事でいろいろなジャンルの芸術家と多く関わっている。彼らは稼ぎは大きくないように見えるし、少々ユルいというか自由なところがあって、組織人的にはちょっと制御が必要な変わり者のようにも見える。だがそれで何の問題もない。彼らは自分の望みを叶えている。
このような生き方に関して、本来、金額は指標にならない。好きなことで生きていく論者から金額の話が出たら、そいつは本物じゃないと思ってそんなにハズレじゃない。本物は好きなことをして生活ができているのだから、それ以上望むものがないのだ。


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